-After AFC Asian Cup-
「アジア王者としての日本」 Japan as Champions of Asia
文・写真:原悦生 Text&Photo:Etsuo Hara
カタールのドーハで1月7日から29日まで開催されたAFCアジアカップ大会、決勝戦では日本がオーストラリアを延長で下して優勝した。そして、日本は2015年アジアカップ豪州大会の予選免除のほか、2013年ブラジルでのコンフェデレーションズ・カップの出場権も獲得した。
前大会のベトナムでは準決勝でサウジアラビアに敗れて、インドネシアでの3位決定戦では韓国にPK戦で敗れて4位に甘んじた日本のアジア王者返り咲き劇場だった。
ザッケローニ監督は昨年10月のアルゼンチン戦で初陣、親善試合とはいえ、強豪アルゼンチンに初勝利。ソウルでの韓国戦はドロー。韓国メディアは自国のチームに厳しい評価を下したほどだった。ザックの評価は上がっていた。監督選びドタバタ後の就任。時間もなかったし、それほど今までと違った指導ができたたとも思えないし、ザック本人はイタリア時代とそんなに変っていないと思う。ということは、時間のかかる反復練習が必要なザック流の戦術は、まだまだ、実践されていないと見たほうが正しい気がする。
だが、日本は変った。そう、チームが明るくなったことは確かだった。岡田監督時代の太陽を失ってしまったような暗さと、どうせ俺なんか、ともみえた選手たちのそんな表情は、どこかに消えていった。けが人が出てしまったたことも一因ではあるが、22人中試合に出なかったのは、わずかに2人だけだ。前の指揮官だったら、7人か8人がベンチのままだったろう。
ザックは小まめに選手たちに声をかけてケアしている。そういったザックの姿勢が選手たちのやる気を引き出したのは間違いない。ザックは短期間で信頼を得た。
ザックが就任して3試合目の本番がアジアカップ初戦のヨルダン戦だった。初黒星かと思った試合も、瀬戸際で引き分けに持ち込めた。ザックは、「運」も持っていた。決勝を含めて、3試合で交代した選手が大事な場面で得点するという大当たりも引き出した。
サウジ戦以外の5試合はすべてが、苦しい戦いだった。ヨルダン、シリア、カタール、韓国、オーストラリア、この5試合はどちらが勝者でもおかしくないものだった。そんな戦いを重ねての優勝はだった。
アジア王者に返り咲いたものの、秋から始まるワールドカップ・ブラジル大会のアジア予選も厳しい戦いが待っているだろう。3月、後半からの親善試合とキリンカップ。7月、招待されたアルゼンチンでのコパ・アメリカは、日本にとって願ってもない大会になるはずだ。アルゼンチン、コロンビア、ボリビアといったチームと日本が日本以外で戦う機会は普段はないからだ。ましてや、南米のチームとの真剣勝負など、通常ではワールドカップ以外では、望んでも実現などしない。
ただ、7月という時期は、海外のクラブを戦場とする選手たちにとっては、バカンス明けから合宿が始まるという大切な期間と重なるため、どんなメンバーで望めるのかはわからない。たとえ、この戦いがもっと若い選手で構成されても、日本にとっては貴重な戦いであることに変りはない。
「アジア王者」はワールドカップへの一つの通過点に過ぎない。だが、このタイトルの看板とザックがミランを率いていたという事実は、日本が今後の試合を組むに当たっては、かなり有効なものとなってくるだろう。
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