文:加部究 神様は突然、誰も想像できないようなシナリオを描く!時には歓喜に満ちあふれるような奇跡を、そして時には静寂を生み出す残酷な現実を。ここに、サッカー界に描かれた『神様のシナリオ』を綴る! 『相馬直樹1998〜肌の記憶〜』本物と!
しかしその先に待っていたのが落とし穴だった。29分、自陣ゴール前での浮き球を、相馬は引いてきた中田へと繋ごうとした。
「あれが10〜15分くらいなら、もう間違いなく大きく蹴っていました。そうでなくても、リスクを考えて、もう少しタッチラインに近い方に出していた。でもやれるという感覚を掴み始めていた。そこにヒデが顔を出したので、真っ直ぐに出したパスが少し内に入ってしまった」
このボールをビバスがカットし、シメオネが縦に鋭くクサビを入れる。オルテガの足をかすめて抜けたボールに名波は反応できず、アルゼンチンのエース、バティストゥータの前にこぼれた。痛恨の失点、しかもこれが決勝ゴールとなった。
「でもアルゼンチンは、日本戦にピークを合わせてきたわけじゃない。完全に、ここまではやらせるけれども、ここから先は許さないよ、というサッカーでした。ことごとく日本の攻撃は3バックで止まりましたからね。相手のペナルティエリアの中で前を向いてボールを受けたシーンはほとんど浮かびませんから」
今でもアルゼンチンとは引き分け以上の成績がない。0-1は歴史的にも最も接近した善戦という見方も出来る。だがわずかな隙を見逃さずに1点を奪い、あとは要所を抑えてしっかりと1点差で勝ち点3をもぎ取っていったアルゼンチンとは、逆に歴然とした違いを感じた。
「結果的に勝ち点ゼロは最悪です。でもボコボコにやられて自信を打ち砕かれたわけではない。だからまだグループリーグは突破できると信じていました。あくまで次の試合次第だと。その代わりクロアチアは初戦を勝っていたので、次は絶対に勝たなければならなかった。だから攻撃を意識して臨みました」
6月20日、ナントには灼熱の太陽が降り注いだ。だが相馬は絶好調だった。
「とにかく僕は走れた。それに対し、クロアチアは明らかに消耗していて走れなかった。だから僕が走れば必ずマークはずれてフリーになれた」
主導権を握れた序盤にビッグチャンスが到来した。城彰二が放ったシュートが相手DFにぶつかり、目の前にこぼれる。フリーで駆け上がった相馬は、そのまま数歩ドリブルして左足を一閃した。
「あれは入ったと思った。今でもGKの手の先を抜けていく映像が頭の中にある。入っていれば人生変わっていたんだろうな、と思いますよ。あそこでリードすれば、暑いしゆっくり回しながら相手を疲れさせるような戦い方も出来たし…」
相馬のシュートだけではない。日本は立て続けに決定的なチャンスを連ねた。だが結局試合は均衡を保ったまま終盤へ移行していく。後半から相馬と対面するのは、守備的なシミッチから前半はFWでプレーをしたスタニッチに代わり、クロアチアベンチは足が動かないプロシネツキを下げ、岡田武史監督は駿足の岡野雅行を入れて局面を打開しようと試みる。
だが既に相馬の脳裏から、こうした動きはほぼ消えている。残っているのは、77分の失点シーンで天を仰いでいるのと、それから攻め急いでしまったという悔恨だ。
「走れば勝てる。それが判っているから、どんどんスピードアップするんですが、すると今度はミスが出る。今にして思えば、もっと相手を引き出すとか、わざとファウルを誘うとか、いろいろとやり方はあったかもしれないな、と…」
再び0-1、これでグループリーグ敗退が決定した。
残されたのは、初出場で2敗同士のジャマイカ戦となった。
「さすがにプラスアルファのモチベーションはなくなっていましたね。でも自分自身のコンディションが良い時期に、他の人には出来ないチャンスを与えられた。だから最高のパフォーマンスをしようと。そう思いましたね」
6月26日のジャマイカ戦は最初から猛攻を続け、均衡さえ破ればゴールラッシュになっても不思議はない展開だった。
「一番良くボールを動かせた試合だったと思います。味方同士の距離も近くて、本当に楽しいサッカーが出来ていた」
ところがこの試合でも先制を許してしまう。そして後半に入ると唐突に相馬の体に疲労が押し寄せるのだ。
「先制されて、ええ!?ここにも負けちゃうの、という思いが過ぎりました。後半はもうこちらが攻めさせられている。そんな感じでしたね」
74分に一矢は報いたものの3戦全敗。大会前半で日本は全日程を終えた。
「悔しかったですねえ…。結局は、まだ本物を出してもらえなかった。アルゼンチンは明らかにコンディションが来ていなかった。それにあのクロアチアが、その後3位になったのと同じチームに見えますか? おそらく向こうは7〜8割。こっちは120%を出したつもりなのに、結果を持っていかれてしまった。それに僕は3戦目でもうパフォーマンスが落ちていた。あれではもし決勝トーナメントへ進めたとしても、いったいどんなパフォーマンスが出来たのか。そう考えてしまいましたね」
全て1点差の敗戦、しかしその1点差にワールドカップの重みが潜んでいたのかもしれない。
「個人的には、やれたという感情もあった。運動量、攻守の切り替え、駆け引きなどで先手を取り、前を向ければ勝負が出来るという手応えはありました。でも反面サイドを突破しても、しっかりと中の選手にシュートを打たせたシーンがほとんどない。3人のディフェンダーとGKがしっかりとゴール前を固める中で、どうやって味方にシュートを打たせるのか。ラストパスに工夫がないと、ただ走っているだけでは点は取れないな、と思いました」
相馬は、この3試合の映像を1度も見ていない。見て言葉にしてしまうと、肌で感じたことがすり替わってしまいそうな気がするのだ。それよりは選ばれた人間として掴んできた自分の皮膚感覚を伝えていきたいと考えている。
※この作品は『VS』2006年に掲載されたものです。
