Football World Column 加部究の『神様のシナリオ』

Football World Column 加部究の『神様のシナリオ』

 

 

文:加部究 神様は突然、誰も想像できないようなシナリオを描く!時には歓喜に満ちあふれるような奇跡を、そして時には静寂を生み出す残酷な現実を。ここに、サッカー界に描かれた『神様のシナリオ』を綴る! 『相馬直樹1998〜肌の記憶〜』疲労

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 雨足は瞬く間に勢いを増し、ピッチを激しく叩いた。前半酷暑の中でプレーしてきた選手たちにとっては紛れもなく恵みの雨だったはずだ。だが相馬直樹は、ハーフタイムを終え再びピッチに立つと、抗い難い疲労感に襲われ、不安と焦燥にかられながらの45分間を過ごすことになる。
 行くべきところで足が出ない。走るべき勝負ポイントで、少しでも楽をしたいという思いが割り込んでくる。そうでないと持たないという危機意識が、ブレーキとして作用してしまうのだ。
「オレは無駄走りの選手なのに…、その無駄走りを控えようとしているじゃないか」

 1998年6月26日、リヨン。
日本はフランスワールドカップ最後のジャマイカ戦で1点を追いかけていた。ここまで2試合を終えて、勝ち点も得点もゼロ。
「これではまずい。日本に帰れないぞ」
 相馬は、必死に自分を鼓舞していた。自分で自分の尻を叩かなければ動けない。後になって振り返れば、これがワールドカップなのか、とも思った。
わずか3試合で、ともに中5日、疲労を取りコンディションを整えるには十分な間隔が開いていた。なのに、この試合では後半からピタリと足が止まった。
「どうしよう…、こんなところでノラリクラリとやっていて。これじゃ自分の武器がなくなるじゃないか」
 そして後半9分、ショックは倍加する。日本は中田英寿が中山雅史に繋ぎゴールを襲う。ジャマイカのGKローレンスは辛うじて反応すると、立ち上がって即座に大きく蹴り返した。ボールはハーフウェイライン付近右寄りに位置したウィットモアに渡る。この時、相馬は中央からゆっくりとウィットモアとの距離を詰めていた。一方ウィトモアの前方には小村徳男。パスの出しどころを失ったウィトモアは、1度最終ラインのロウへとボールを下げた。
 この瞬間に相馬はウィトモアのマークを完全に小村に渡したつもりだった。だがおそらく小村側に「渡された」という意識は希薄だった。相馬には、小村の背後から右前方に広がるスペースへと流れるウィトモアの動きが視界に入っていたのだ。だが1点をリードされ、居残ってでも攻めに出たいという意識が先立ち、ウィトモアのマークを見切り小村に託した。
 その刹那だった。ロウの縦パスを中央で受けたシンプソンが、ワンタッチで大きな空間を1人進むウィトモアにスルーパス。小村は最後までウィトモアとの距離を詰めきれず、ジャマイカの2点目が生まれた。
「相当に悔いが残る失点でした」
 2人の微妙な意思のズレ、それに相馬のほんの少しだけ消耗を防ぎ、攻めに意識を傾けたことが重なり致命傷になった。
「当然相手の監督は、攻め上がる僕の後ろのスペースを狙おうとしたと思うんですよ。それが判っていながらやられた。だから余計に悔しかった」

 

※この作品は『VS』2006年に掲載されたものです。