Football World Column 加部究の『神様のシナリオ』

Football World Column 加部究の『神様のシナリオ』

 

 

文:加部究 神様は突然、誰も想像できないようなシナリオを描く!時には歓喜に満ちあふれるような奇跡を、そして時には静寂を生み出す残酷な現実を。ここに、サッカー界に描かれた『神様のシナリオ』を綴る! ドーハの悲劇 コンプレックス

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 イラン戦を終え、おぼつかない足取りの自分の姿は「まるでお爺さんみたい」に映った。だがそれから24時間、武井経憲ドクターの献身的な看護により、ラモスは蘇る。それどころではない。次の北朝鮮戦から、日本代表の操縦は完全にラモスに託されるのである。

「イランに負けて、みんな物凄くショックを受けていた。マスコミも絶対に韓国には勝てないと言い出すし、オフトもちょっと暗かった。でもオレは言ったよ。ふざけんなよ!オレたちの力であと3つ勝てば、それでいいじゃん、って。それからオフトも、その通りだ、と続いて、一気にみんなが元気を取り戻したね」
 監督就任当初からオフトは、敢えてラモスに頼らないチーム作りを心がけてきた。4-4-2の左MFに据え、ラモスも11人のうちの1人と強調してきた。だが勝つしかなくなった北朝鮮戦では、4-3-3に布陣を変え、ラモスをMFの中央に据える。

「来たな!そう思ったね、信頼関係が。オレだって馬鹿じゃないんだから、任せてくれれば、必ずやる、って」
 最低限の役割だけを守れば、あとはおまえの判断でやってくれ。オフトの指示は、それだけだった。
 日本は瀬戸際に来て、ようやく吹っ切れたように、北朝鮮、韓国に連勝する。特に宿敵の韓国を破ると、泣きじゃくる選手もいて、マスコミも日本協会も揃って大騒ぎになった。しかしそんな光景を見て、逆にラモスは冷めていった。

「あんなにはしゃいでいいのかよ。いったい、これからどれだけ大変な試合が待っていると思っているんだ」
 頭の中は、既にイラク戦に切り替わっていた。

「翌朝、みんなが物凄く明るいムードで練習をしていた。僕はその光景を1人で眺めていた。すると治療で少し遅れてバスから降りてきた柱谷(哲二)が声をかけてきたね。おっさん、何やってんだ、って。僕は言ったよ。やばいよ、この雰囲気、ってね」
 やがてラモスはマスコミを追い出すと、全員を集めて柱谷主将、オフトとともにまくしたてた。
「冗談じゃないよ。本当の戦いがこれからだと思っているのは、オレだけなのか?」
 午後からは全員が見違えるように集中して取り組むようになった。
 いける、これなら大丈夫。ラモスは、そう確信して、運命の10月28日、イラク戦を迎えるのだ。
 そして前半を終えるまで、その確信が揺らぐことはなかった。
「カズが先制して、あとは後半25分くらいまでに、もう1点取れれば、こっちのものだな、と思っていた」
 ところが後半に入り、イラクの選手たちの目の色が変わる。少なくとも、ラモスには、そう映った。
 どんな気合いの入れ方をされたのかは、わからない。だがいずれにしても、後半からイラクの選手たちの戦う姿勢が一変したのだ。
 48分、イラクの同点ゴールは、オフサイドの判定で取り消し。
 55分、再び日本ゴールのネットが揺れ、今度は正真正銘、得点が認められる。試合は振り出しに戻った。
 しかしラモスは冷徹だった。
 70分、副審の心理を見抜いたスルーパスを通し、もう1度突き放す。

「ゴン(中山雅史)がオフサイドポジションにいるのは知っていた。でもいったん下がってくると思ったんだ。ところがゴンは下がって来ない。だったらイラクがオフサイドトラップをかけてきた瞬間に出そうと思った。それならゴンが多少前に出ていても、副審は旗を上げない。120%間違いない。そう思ってパスを出した」
 幸運だが、同時に必然的な1点、それで日本はリードを保ったまま歓喜の瞬間を迎えつつあった。
 その時、ラモスは「カズも疲れている。だから止めやすいボールを」と考えて、低く緩めのボールを供給した。だが頭は冷静でも、パンク寸前の足が微妙にパスのコントロールを乱した。
 イラクがカウンターに出る。CKを取る。しかし何も問題はないはずだった。主審も近づいて来て、これで終わる、と囁いたのだ。

「よし、ここはマンツーマン、何をやってもPKを取られることはない。さあ、蹴って来いよ、これで終わりだ」
 ところが、イラクは常識外のショートコーナーに出るのだ。唖然とする中、オムラムのヘディングがゴールへと緩やかに放物線を描いていく。

「主審はCKの前に終了の笛を吹いても良かった。誰も文句なんて言わない。途中で物を投げ込み、試合を中断させたのもイラクのサポーターだった。なのに、どうして?それまで主審、副審、FIFA、みんなずっとイラクを苛めてきたんだ。不思議だよ、逆に主審に聞いてみたいよ」
 さすがに主審も最後の最後で良心の呵責を覚えたということだろうか。
「そう、今までやり過ぎた、ってね。わかった、じゃあ最後のチャンスだけあげるよ。そんなところかな…」
 イラクのキッカーは時間を気にしていなかったという。ショートにしたのは、通常の練習通り。ラモスは、後にイラクまで出かけて、それを確認した。
「時間がないのに、なぜ蹴って来ないの?アホや、そう思った。でも結局アホなのは、オレたちの方だった」
 人生で最大の喪失感に襲われた。
「予選に全てを賭けてきたからね。本大会は、たぶん日程を考えても無理だった。とにかくオレは日本をワールドカップに連れて行きたかっただけなんだ」
 ワールドカップの扉はノックした。

「頑張れば開くんだぞ」
 ラモスは、後輩たちに、そう激励のメッセージを伝えた。
 そう信じている。

 

※この作品は『VS』2005年12月号に掲載されたものです。