文:加部究 神様は突然、誰も想像できないようなシナリオを描く!時には歓喜に満ちあふれるような奇跡を、そして時には静寂を生み出す残酷な現実を。ここに、サッカー界に描かれた『神様のシナリオ』を綴る! ドーハの悲劇 コンプレックス
本命は日本と韓国。
最終予選が始まる前の大方の予想である。
日本は前年のアジアカップを制していたし、韓国には過去連続出場の実績があった。
だが10月15日、開幕戦を見て、この予想は一変する。
「イラクが強い。しかも半端じゃない」
ラモスの目には、そう映った。しかし一方で、スケジュールを見直して幸運も感じていた。
「イラクと当たるのは最終戦。それならいろいろと計算できるから」
イラクの開幕戦は、最終予選の雲行きを十分に予感させるものだった。後半開始早々に2点目を挙げ、それまで北朝鮮を圧倒していた。ところがその直後に退場者を出したことで流れが急変し、逆転負けを喫してしまうのだ。
湾岸戦争を経たイラクを米国に乗り込ませるわけにはいかない。大会を通してイラクの試合を裁いた主審は、いずれもそんな恣意的なジャッジを繰り返した。
イラクは、きっと苦労する。しかし敗れてなお強し。ラモスの実感だった。それでも本大会への道筋は見えていた。
「日本がサウジ、イラン、北朝鮮に3連勝すれば、それで勝ち点6(当時勝利は勝ち点2だった)になる。韓国と引き分け、もし最終戦でイラクに0-1で負けても大丈夫という状況に持ち込めるはず…」
しかし指揮官オフトの思惑は違った。日本の開幕カードは、前年のアジアカップ決勝の再現。ナイフで切り合うような試合は避けたいと考えたのだ。結果は0-0、ラモスは悔いを残していた。
「もちろん負けるよりはいい。でもサウジは怖くなかったし、もっと勇気を出して攻めにいけば勝てた試合だった」
ただしオフトがサウジ戦で慎重を期した裏には、次のイラン戦の勝算があった。イランは前年アジアカップでの出場停止処分で3人の主力を欠き、韓国との初戦も0-3で完敗。しかも中2日で2戦目に臨まなければならなかった。イランはベテラン揃いである。ラモス自身も「我々の速いサッカーにはついて来られない」と読んでいた。
しかし後がないイランは、手段を選ばずに勝負に出てきた。警戒するのはラモスとカズ(三浦知良)。まずカズへのパスの出どころを断つために、ラモスを潰しに来た。
森保一からのリターンをヒールで処理した瞬間である。長身のフォノニザデーがラモスの後方から強烈な体当たりをしてきた。
激痛に顔を歪めるラモス。結局、自力では立ち上がることも出来ずに、担架で運び出されていく。まだ試合は始まって15分も経っていなかった。一発目からレッドは出ない。フォノニザデーの行為は、それを読みきった上での、イチかバチかの確信犯にも思えた。
「あれはレッドでもおかしくなかった。ただの打撲じゃない。骨にヒビが入ったんじゃないかと思ったね」
だがそれでも、ラモスは1分あまりでピッチに復帰する。
「逆にあれ以上時間を置いたら、きっと歩けなかった。とにかくプレーをしている間は走りにくかったけど、なんとかしなきゃ、という一心だった」
前半終了間際に先制を許しロッカーに戻る。
周囲からは、交代させた方が、という声が出たが、オフトは躊躇なくそれをはねのけた。
「いや、このままやってもらう」
もちろんラモスも下がるつもりはなかった。
「でもこの試合では僕の良さが出なかった。ゲームを作れなくて、吉田(光範)に負担がかかったな」
試合は1-2の敗戦。ラモスを傷つけたフォノニザデーは「抑えないと勝てないからね。ごめん」と謝りに来た。
「これでもうオレのW杯は終わったかな…」
ラモスは、そう思った。
※この作品は『VS』2005年12月号に掲載されたものです。
