Football World Column 加部究の『神様のシナリオ』

Football World Column 加部究の『神様のシナリオ』

 

 

文:加部究 神様は突然、誰も想像できないようなシナリオを描く!時には歓喜に満ちあふれるような奇跡を、そして時には静寂を生み出す残酷な現実を。ここに、サッカー界に描かれた『神様のシナリオ』を綴る! ドーハの悲劇 2つのミステリー

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結末は運命づけられたものだった。

 ラモス瑠偉は、そう思っている。

 終わってから原因を列挙するのは簡単だ。自分のパスミスがその1つだというなら、それでも構わない。ただし…、と心の中で反駁するのだ。
 あの時、ラモスの足はパンク寸前まで張っていた。2週間で5試合という殺人スケジュールの終焉に向けて、彼は36年間たっぷりと酷使してきた重い足を、気力だけで引っ張りボールを運んでいた。
 あと1分あまりでワールドカップへの切符が手に入る。疲労と痛みばかりを詰め込んだ身体とは裏腹に、ラモスの頭脳は滑らかに回転し、胸中には自信が漲っていた。スコアは2-1、何より対戦相手のイラクは、世界中を敵に回しているような雰囲気があった。
「負けるわけがない。そう思っていた。だからあそこでボールを外に蹴り出したり、FWに蹴りこんだりして時間稼ぎをしようなんて考えなかった。あの暑い中でイラクも必死に戦っている。まだ最後までボールをキープし続けるのは難しい。もし奪われたら相手の戦意を冷めさせるプレーをする必要はあるな、とそこまでは考えていた。だけどボールは取られても、絶対にもう1点は取られない。みんながそう思っていた」
 ラモスは三浦知良(カズ)へと低く緩やかなパスを送った。そのボールをインターセプトしたイラクがカウンターに出る。

 経験豊富なラモスがなぜ?
 そう書くメディアがあった。なぜ、ファウルをしてでも止めなかったのか、という論調もあった。あのラモスがなぜ…。
 しかしラモスにすれば、この試合は不可解に満ちている。ラモスは試合の流れを的確に読み、大会の雰囲気を感じ取った上で、最後の最後に勝てる、ワールドカップへ行ける、と確信していたのだ。

 ところが土壇場で2つのミステリーが重なった。
 あれほどイラクの敵として立ちはだかっていたレフェリーが唐突に寛大さを示す。そして終了のホイッスル間際のショートコーナー。読めないシナリオは、神様が予め用意していたものとしか思えないのだ。
 だからラモスは、ただし…、と付け加える。

「誰にもわからないよ。もしあそこで僕が相手をファウルで止めたとしても、FKからワンツーでドスン、そんなケースだってあったかもしれない。僕らの何倍もの給料をもらっていたフランスだって、地元5万人の前で同じことをやってしまったんだ(*)。どっちにしても、神様はまだ日本はワールドカップへ行くべきではないと思ったんじゃないかな。プロが出来たばかりで早過ぎる、って。今ワールドカップに出てダメだったら、リーグの人気も下降する。だからあと4年間、真面目にやったら、次は行かせてあげるよ、ってね」

 なるほど日本は4年後に初出場を果たし、フランスは地元で優勝を飾るのだ。

「あれは神様が借りを返してくれたんだ。僕はそう思っているよ」

 でもね、とラモスは言葉を連ねた。
「死ぬ前に神様に聞いてみたいよね。あれは、なんだったの?」

 

*注 同じ米国ワールドカップ予選で、最終戦でホームにブルガリアを迎えたフランスは、引き分けでも出場権獲得の条件で試合に臨む。しかも先制し、絶対に有利な状況で、終盤に同点、逆転のゴールを許し出場権を逃した。フランスは4年後に本大会で優勝するほどのタレント揃い。また逆転で出場権を獲得したブルガリアも、本大会では前回優勝のドイツを下しベスト4に進出した。

 

※この作品は『VS』2005年12月号に掲載されたものです。